マンション役員・門戸拡大
23.10.20新聞に、「マンション役員 門戸拡大」「国交省 第三者も容認へ」という見出しの記事が掲載された。
「深刻化している分譲マンションの管理組合役員のなり手不足を解消するため、国土交通省が住民や所有者以外の第三者も役員になりやすくするための基準作りを始めた」
その背景として、「ある築30年超マンションの例。古い耐震基準で建てられたため、耐震工事も必要だ。だが、管理組合総会を開いても、白紙委任状ばかり。出席者はいつもきまった10人ほど。予定外の出費をほかの所有者に納得してもらうのは難しい。あきらめにも似た気持ちになる。」という事例を紹介している。
新宿区が実施したマンション調査では「日頃困っていること」として、54%の管理組合が「役員のなり手不足」を上げている。このことからもこの問題が深刻さを増していることは間違いない。なり手がないことの具体的な影響は、役員数が定数に満たないため理事会が機能しないケース、又は同じ人が繰りかえし役員になって員数あわせをするような形となって現れる。
基準作りでは「所有者以外の第三者も役員になりやすくする」ということだから、「役員数が定数に満たないため理事会が機能しない」や「同じ人が繰りかえし役員になって」の負担解消策としては有効かもしれない。
しかし、視点を変えて問題の本質を考えた場合はどうなのだろうか?この問題の根底にあるのは、無関心組合員の増加ではないのか。「総会を開いても白紙委任状ばかり。出席者はいつもきまった10人ほど」という記述の裏にある「責任感も義務も感じない組合員の存在と、そういう人がほとんど」という状況の方が問題なのではないか。
ここを終の棲家と考える人は、維持管理をしっかりして、よりよい環境や住み心地の良さを保持したいと考える。他方、他者に無関心な人や転売・転居を考える人、不動産は利潤を求める手段と考える人たちは、管理運営に興味は薄い。入居当初は子育てを通して交流があるが、子どもが家を出ると親の世代が残り、やがて親が亡くなると部屋は賃貸に出される、というのはよくある形だが、賃貸が増加すると「マンションの管理は誰かがやること」「例えば管理会社」がやることだ程度の発想が蔓延する。
管理組合が一部の人たちの努力によって維持・運営されるとしたならば、衡平の観点から考えて、役員報酬などでその労に報いる対策が必要だが、それ以上に重要な課題は、熱心に取組んだ人たちの成果を、結果的に享受する無関心で非協力的な組合員に対する施策ではないか。
組合員としての義務を果たそうとしない無関心で非協力的な区分所有者に対して、運営に関心を持たざるを得なくなるような形、強制力のある仕組み(成果や享受する利益に見合った負担を付加するなど)を作ることが求められている。例えば外部居住者に対する協力金の徴収のように。
【参考情報】
①H23.7「標準管理規約」の一部改正。居住していない所有者も役員になることができる
②国交省によると、マンション管理士や弁護士などの第三者が管理組合の責任者を務めている組合は全国に5%ほどある。
