2010年5月25日

加藤元名人に慰謝料命令(野良猫餌やりも禁止)

一昨年12月頃ブログに書いた裁判(餌やりの中止と慰謝料など約640万円の支払いを求めた)の判決が13日、あった。裁判長は原告の訴えを認め、加藤さんに餌やりの中止と慰謝料204万円の支払いを命じた。(加藤さんは控訴予定?)
裁判長は判決の中で、「猫には、餌やりだけでなく、ダンボールを用意してすみかを提供しているのだから、『飼育している』と認めるべきだ。猫は原告住民に様々な被害を及ぼしており、『迷惑を及ぼす恐れのある動物を飼育しないこと』と定めた管理組合の条項に違反し、住民らの人格権を侵害する」と慰謝料の支払いを命じた。加藤さんの「猫は『迷惑を及ぼす恐れのある動物』にはあたらない」との主張には、「小鳥や金魚は含まれても小型犬や猫は含まれない」と判断した。そのうえで「動物は家族の一員、人生のパートナーとしてますます重要になっているが、集合住宅にはアレルギーの人もおり、人と動物との共通感染症への配慮も必要。犬や猫の飼育を認めるようにするには、集合住宅の規約の改正を通じておこなわれるべきだ」との考えを示した。(以上、朝日新聞記事抜粋)

マンションには年齢、性別、人生経験や考え方が異なる人、あるいはサラリーマン、自営業、フリーター、会社役員などいろいろな職業従事者、妻帯者や単身者といった家族構成、そして乳幼児もいれば学生、高齢者もいる。そのような雑多な人たちが、一つ屋根の下で隣り合い、上や下に重なり合って生活する共同住宅なのだから、ルールやマナーが必要だということは理解できると思う。自身の価値観や信念に固執することは、一面では立派なことかもしれないが、このような住環境でのコミュニティ形成を前提にした場合は、社会適応性に課題がある「自己中」といわれても仕方ない。動物愛護は大変重要で意義あることであるし、単身者のいやし系としての期待もあるが、愛護の手段は、他者に理解され受け入れられる方法でなければならない。
共同住宅で大切なことは、ルール遵守と少し我慢して他者を思いやる心の二つなのだ。

判決の中で裁判官は、「迷惑を及ぼす恐れのある動物」について「小型犬や猫は含まれ、小鳥や金魚は含まれない」と判断した。このことも参考にしつつ標準管理規約の解説を見ると、第18条(使用細則)のところで次のように記述している。
〔ペットの飼育を禁止する場合〕
第○条 …略… 犬、猫等の動物を飼育してはならない。 ただし書き略
〔ペット飼育を容認する場合〕
第○条 …略… 使用細則及びペット飼育に関する細則を遵守しなければならない。ただし書き略

また、5月23日朝刊に〔かむ・ひっかく 犬や猫から細菌〕 高齢者ら感染死の例 という記事が掲載された。「犬や猫の口の中にいる細菌に、2002年から14人が感染、発症し、うち6人が死亡していることが、国立感染症研究所のまとめでわかった。『カプノサイトファーガ感染症』とよばれるが、実態がよくわかっていない。見逃されている患者も多いと見られ、厚生労働省は24日、関係機関に文書で注意を促す」という内容だ。
この記事については、裁判官が指摘していることとも関連がありそうなので、参考にしたい。

 

〔参考:人格権〕
生命・身体・自由・貞操などの人の身体的側面に関する利益、および名誉・信用・氏名・肖像などの人の精神的側面に関する利益を総称して人格権とよぶ。民法は、他人の身体・自由・名誉を害すると、不法行為として損害賠償責任を負うことになる旨を規定する(710条)が、他のもろもろの人格的利益の侵害についても同様のことが妥当とする。たとえば、他人の氏名や肖像の無断使用、貞操の侵害、生活妨害なども不法行為となる。また、人格権の侵害に対しては、差止請求権が生じる、とするのが最近の学説および下級審の判例である。〔辞典より抜粋〕

2008年12月22日

加藤一二三九段の迷惑行為

12.19付新聞に、将棋の加藤一二三九段が、管理組合と住民17人から「猫への餌やり中止」を訴えられ、第1回の口頭弁論が開かれたとの記事が掲載された。 訴状によると、「加藤九段は93年頃からマンションの専用庭や周辺で、野良猫に餌をやり始めた。現在は3、4匹と見られるが、一時期は十数匹が集まっていた。住民らは猫の排泄物による悪臭や汚れ、鳴き声に悩まされたり、乗用車が傷つけられたりしたとして再三、餌やりの中止を求めたが、拒まれた」としている。
今回の記事から見えてくる最大の問題は、野良猫が集まることによりいやな思いをしている人たちがいて、その人達が餌やりをやめて欲しいと再三申し入れたにもかかわらず、その行為を止めなかった点にある。
マンションという建物には、年齢、性別、人生経験や考え方の異なる人たち、妻帯者や独身者といった家族構成の違い、そして乳幼児もいれば学生、高齢者もいる。そのような雑多な人たちが、一つ屋根の下で生活する共同住宅なのだから、ルールやマナーが必要だという事は理解できると思う。そして一番大事なことは他者を思いやる心の有無なのだが、このような視点や自覚を当事者は持っていたのだろうか。いろいろな人たちが一つ屋根の下で生活する中、みんなとうまく付き合っていこうという自覚があったならば、訴訟という対決の図式に至ることはなかったのではないか。
標準管理規約でコミュニティ形成を求めている理由は、居住者同士が顔見知りになって、他者を思いやる心が生まれたなら、トラブルも初期段階で片付き、住みやすい環境になる事疑いなし、ということを経験的に知っているから規定した、と推察している。それなりの地位にある人ならばなおのこと、個の意思や考え方を主張するだけでは共同住宅、地域での生活が潤いあるものにはならない、ということを冷静に考えていただきたい。

また、本件に似た事例として『自室及びバルコニーでの野鳩の餌付けで、他の専有部分のバルコニー、付近の道路、家屋等が鳩の糞や羽毛によって汚され、悪臭の発生、羽音や鳴き声による騒音、ダニの発生等の被害が生じた。野鳩への餌付け・飼育行為は区分所有者の共同の利益に反する行為であるとして、使用貸借契約の解除、建物からの退去と引渡しを求めた』(野鳩の餌付け訴訟:平成7年東京地裁判決)がある。この訴訟は、専有部分を利用して行う餌付け等は、マンションの区分所有者の共同の利益に反する行為であり、その行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によってはその障害を除去して共同生活の維持を図る事が困難な場合にあたると判断された。